前回、私が起立性調節障害のブログを書く理由として、自分自身がODに悩まされてきたからだということで、私の高校卒業までの生活ぶりを話してきました。
そこで今回は大学入学以降の生活ぶりについて話していこうと思います。
割とうまく行った大学時代
○大学4年間_全体として
やはり入学当初は90分の授業や履修登録に少々手こずることはありました。
しかし焦らず4年間をかけて必要単位と教員免許を取れれば、それでOKだと考え、余裕を持った生活を設計した結果、無事教員免許も取得でき、卒業時には成績優秀者として表彰もしてもらいました。(教訓:余裕を持つことは重要です)
90分の講義中にOD症状が出て途中退出することもあったし、飲み会などの、いわゆる大学生ノリには最後までついていけませんでしたが、スケジュールを自分で調整しやすい大学生活はODの私にとって比較的過ごしやすかったです。
ちなみに大学生らしくサークル(サッカー)にも入りましたが、やはりがっつりプレーするには身体的にきつく、プレーはほとんどしていませんでした。いわゆる幽霊部員の状態です!
しかしある時、私の出身がサッカーの強豪校であったことや戦術について勉強していることを知ったサークルの友人から、日本一を目指して全国大会へ出場したいから、監督をしてほしいと誘ってもらいました。
同級生や先輩に対して指導したり指示をするのは気を遣うし嫌だなと思いましたが、その友人の本気度に負けて、監督をすることになりました。
やるからには!とかなり本気で取り組んだ結果、全国大会で本当に優勝し驚きました。誘ってくれた友人には感謝しています。
そして決勝戦には家族も観戦に来てくれました。サッカー小僧だった僕が高校時代にサッカーで悔しい思いをしたのは事実ですし、同時に母は「サッカーしている時の息子が好き。もう一回見れたら嬉しい」と言っていたので、プレー姿ではありませんが、サッカーを楽しんでいる姿を見せることができて本当によかったと思っています。
大学院時代(現在)
大学時代に出会った教授の影響もあり、運動・スポーツと健康、起立性調節障害を医科学的に考えることに関心を持ちました。
また、今後教育現場で起立性調節障害の子に関わるとしたら、実体験だけでなく医科学的な知識や見方をもっと出来るようにしたい。そう考えるようになり医学系研究科への進学を決心しました。
このため現在は大学で研究活動をしています。
そして初めての一人暮らしです。当初は健康を第一に運動・食事・睡眠を管理し、順調に生活していましたが、、、
OD再来(起立時血圧28/18…)
4月の新生活から半年ほどが経過した時、少し嫌な感覚が、、、
ただ、研究活動の方は想定より順調にいっていたので、そのペースを落とす事に抵抗があったのか、見て見ぬふりをし、もう少し!とやり続けていると、とうとう動けなくなりました。
一人暮らしのため、こうなってしまうと打つ術がなく、どんどん症状は悪化し、大阪で検査を受けると起立直後の血圧は28/18(最高/最低)、心拍数は128bpmまで増加。
1人で生活できる状況ではなく、数週間実家で療養することになりました。
研究室に心配と迷惑をかけ、親に頼る。
自己認識と自己管理の甘さ、自立できていない自分に情けなさを感じました。
自分が起立性調節障害である(=人一倍、健康や生活に気を配り、自分を大切に扱わないといけない)ことを受け入れ、自分の体に対する理解を深め、自分自身で管理できるようにならないといけないなというのが今回の経験から得た教訓です。
これまで起立性調節障害の生きづらさに対応すべく、色々と学んできたつもりでしたが、それも実践できないと意味がない。知っているだけでは不十分であることを痛感しました。
そんなこんなで今もなお、起立性調節障害を抱えながらの生活を、私自身が模索中ではあります。
起立性調節障害を抱えながら生活していく上で役立ちそうな情報を、私自身の経験と学んだ科学的知見から、共有していきたいと思います。
2回に渡り少々長くなってしまいましたが、ブログを始める動機と、これまでの私自身の簡単なODライフでした。
(他にも単身赴任中だった父との言い争いや、何気ない家族の言動に過剰反応してしまう話など、いろんな話がありますが、大筋はこんなところです。)
ではまた!

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